2020年06月26日

カルテと開示請求 第8回 判例の系譜 (1)個人情報保護法に基づく請求 2015年以前の判例

若干専門的になりますが、診療録開示に関する判例の系譜をみてゆきましょう。
今回は、個人情報保護法の規定に基づく、2015年の個人情報保護法改正以前の判例を扱います。

・公法上の義務に基づく開示請求はできないとされた事例(東京地判平成19 年 6 月 27 日判決(平成 18 年(ワ)第 18312 号)、判例タイムズ 1275号 323 ページ)


 本事件は、医療機関である被告に対し、患者である原告らが個人情報保護法25条1項(現28条2項)に基づき保有個人情報の開示を求めるとともに、不開示とする場合の通知義務(25条2項、現28条3項)に反したとして慰謝料を請求したものです。
 裁判所は25条1項の規定は公法上の義務であり、個人情報取扱事業者や業界団体による自主的な苦情処理による解決や主務大臣による解決が想定されているものであるから、本人に訴訟上の開示請求権を認めたものではないとして請求を棄却しました。

 「公法上の義務」とは、個人情報取扱事業者(この場合は医療機関)は国家に対して個人情報保護法を遵守する義務を負うが、当事者(この場合は患者)に対し開示する義務を負わない、といった趣旨です。

 確かに、2015年改正以前の個人情報保護法においては、個人情報保護法25条1項(現28条2項)の開示は請求権として法定されておらず、また学説も25条1項(現28条2項)の規定が本人に開示請求権を与えたものであるかについて明言していない状況であり、開示請求権の位置づけは明確ではなく、このような判示がなされる余地は充分あったといえるでしょう。

 なお、2020年現在では、法改正により28条1項の規定(本人は、個人情報取扱事業者に対し、当該本人が識別される保有個人データの開示を請求することができる)が追加されたため、訴訟上の請求権でもあることは争いがないと言えます。
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2020年06月16日

カルテと開示請求 第7回 カルテ開示にかかる手数料 後編下 開示手数料を巡る昨今の動向(2)

舞台裏の話となりますが、本来素案では後編上の内容のみにて終える予定でした。しかしながら、本稿執筆にあたり再調査した結果、存外に進展が見られたので急遽記事を記すこととしまします。

(1)改善の兆し〜厚労省通達後手数料が大幅に低額化した事例

 前回述べたとおり一般に民間病院の手数料は高額ですが、近年では厚労省通達を受けてか改善の兆しも見られています。

 例えば、厚生労働省による調査時点(2017年9月25日時点)では

  開示請求手数料:5400円
  開示実施手数料:1枚当たり54円(白黒)、108円(カラー)

であった杏林大学医学部附属病院(https://www.kyorin-u.ac.jp/hospital/introduction/privacy_policy/)は、2019年10月に開示規定を改正し、

  開示請求手数料:3850円
  開示実施手数料:1枚当たり11円(白黒)、55円(カラー)

へと変更されました。

 開示請求手数料3,850円の妥当性には疑義がありますし、一律の手数料を定めることの不当性を指摘した厚労省通達への応答としては不十分ともいえますが、開示実施手数料が合理的な額となったことは評価されるべきでしょう。

(2)一応の改善が見られた事例

 また、前回挙げた東京医科大学についても、調査時点では一律開示請求手数料(5,400円)を徴収していましたが、2019年10月の規程改定で上述のとおり診療継続中の開示については開示請求手数料を無料としました。
 開示実施手数料が高額であるだけに、十分ではないと思われますが、改善の端緒とはいえるでしょう。

(3)依然として改善の見られない例

 一方で、(ちゃっかりと消費税増税分の値上げはしつつ)厚労省通達の趣旨に即した改善がなされていない病院も散見されます。

 具体的に適示することは一応避けますが、そのような病院の規程には手数料以外にも予約を必須としたり、窓口での開示請求書記入を義務づけるなど過重な負担を課していると思われる手続きが存在する等、個人情報保護法の本旨を(そしてインフォームドコンセントの理念を)軽視する条項がみられます。

 今後の行政上の措置や自浄作用により、適正な診療録の開示がなされることを願ってやみません。
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カルテと開示請求 第6回 カルテ開示にかかる手数料 後編(上) 民間病院の場合・診療録開示を巡る昨今の動向(1)



前回に続き、カルテ開示に要する手数料につき詳細に解説してゆきます。今回は民間病院における開示手数料および開示手数料を巡る昨今の動向について述べます。

(1)民間病院の開示手数料

 民間病院の手数料は、ガイドラインに具体的な金額が明記されていないことも要因となり多様ですが、概して高額です。

 例えば、
 ・東京女子医科大学病院(http://www.twmu.ac.jp/info-twmu/kojin-jyohou6.html
  開示請求手数料: 5500円
  開示実施手数料:1枚につき55円(白黒)または110円(カラー)

 ・慶應義塾大学病院(http://www.hosp.keio.ac.jp/about/yakuwari/gaikyo/kaiji.html
  開示請求手数料:5500円
  開示実施手数料:1枚につき55円(白黒)

 ・東京医科大学附属病院https://hospinfo.tokyo-med.ac.jp/info/kaiji.html
  開示請求手数料:通常診療時無料、その他の場合5500円
  開示実施手数料:1枚につき55円(白黒)または110円(カラー)
 などです(注1)。

 特に、開示の可否に関わらず(不開示となった場合にも返金されず、開示実施手数料にも充当されない)一律の開示手数料を請求したり、医師の立ち会いを必須としたりする事例も見られます。

 民間病院の手数料の全体像は、後述する厚生労働省の調査でも確認することができます。


(2)厚生労働省通達「診療情報の提供等に関する指針について(周知)」(平成30年7月20日)(医政医発0720第2号)

 民間医療機関の開示手数料の妥当性については市民団体からも疑念が呈されていたようで、厚生労働省による調査が実施され、その結果を踏まえ通達が出されています。

 通達では、
 (1)一律の「開示手数料」を定めることは不適切となる場合があること
 (2)医師の立ち会いを必須とすることは患者の診療記録を閲覧する権利を不当に制限する恐れがあるため、不適切であること
 が指摘されています。

 ただしここでも具体的な金額については言及されていないため、依然として「開示実施手数料」「複写料」として高額の手数料が請求されるケースはなくならないかもしれません。


(3)所感

 個人的には、印刷技術が一般市民に普及していないような時代であればともかく、コンビニにて10円でコピー機が利用できるような現在、複写費用という名目で1枚当たり20円から30円(あるいはそれ以上)の金額を請求するのは不当であると思います。
 
 そもそも、治療は患者と医療者の対等なパートナーシップに基づく共同作業であり、その共同作業の成果物である診療録は双方の共有資産であるとの理念に照らせば、実費の徴収は許容されるとしても、その余は特段の負担なく開示すべきです。
 
 開示請求に殊更高額の手数料を設定したり、殊更煩雑な手続きを設定していることは、病院管理者の診療録開示による収益確保の意図や、「知らしむべからず」との治療観が現れているといえるでしょう。

次回は「後編(下) 診療録開示を巡る昨今の動向(2)」としてより最近の状況につき述べてゆきます。

参考

「診療情報の提供等に関する指針について(周知)」
 https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc3511&dataType=1&pageNo=1


注1
 この事例のみですと、恣意的的に高額な民間病院を選択したとも捉えられますが、厚生労働省通達の元となった調査からも、傾向として民間病院の開示手数料が高額であることは明白です。
 厚生労働省の調査では全87病院が調査対象となり、開示に要する費用の分布は、999円以下が67%(58件)、2,000円〜2,999円が2%(2件)、3,000円〜3,999円が15%(13件)、5,000円以上が16%(14件)でした(括弧内は推測される実数値)。
 また、民間病院30件のうち、公開情報から開示手数料が判明した病院は16件ですが、9件が5000円以上、6件が3,000円〜3,999円でした。
 無論情報が判明していない民間病院が著しく低額である可能性もありますが、特に国立大学法人は独立行政法人個人情報保護法の規程に基づいた手数料体系であることにも鑑みると、民間病院の開示手数料は高額と言って良いでしょう。

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2020年06月09日

カルテと開示請求 第5回 カルテ開示にかかる手数料 前編 概要および国公立病院の場合

 今回はカルテ開示に要する手数料につき詳細に解説してゆきます。

(1)概要

 個人情報保護法に基づく開示手数料については、明確な法律の定めはありません。

 個人情報保護法では、「個人情報取扱事業者は(中略)実費を勘案して合理的であると認められる範囲内において、その手数料の額を定めなくてはならない。」(33条2項)とされていますが、具体的な規定はありません。
 
 また、「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱のためのガイダンス」にても、「具体的な金額は、個別の事例に応じて判断が異なるものであると考えます」とされているのみで、具体的な金額の目安や上限額等については定められていません。

 なお、開示手数料は一般に
 (1)開示請求手数料(開示の可否・分量関わらずに一律請求されるもの)
 (2)開示実施手数料・複写料(枚数等に応じ、いわゆる複写の実費として請求されるもの)
 に分けられています。

 現実には、開示手数料の水準は国公立病院および民間病院にて大きく異なりますので、2つに分けて解説したいと思います。今回は国公立病院を取り扱います。

(2)国公立病院における開示手数料

 いわゆる国立病院、自治体の運営する公立病院、国立大学の附属病院などです。なお、2020年現在、国立病院は独立行政法人国立病院機構などにより、国立大学付属病院は国立大学法人により運営されているため、独立行政法人等個人情報保護法の適用対象となります。

 そして、開示手数料は独立行政法人等個人情報保護法の定めに基づき規定された各独立行政法人の規程等により決定されることとなります。

 例えば、国立病院機構東京医療センターの場合、
 ・開示請求手数料:300円
 ・開示実施手数料:
   閲覧の場合 100枚まで毎に100円
   写しの交付の場合 1ページにつき10円
   ※開示実施手数料は、いずれも300円を超えない金額については無料
 となります。
 なお、東京医療センターに限らず、独立行政法人国立病院機構の運営する病院はすべて同一の手数料となります。

 自治体の運営する公立病院の場合、国の行政機関でも、独立行政法人等でもないため、行政機関個人情報保護法または独立行政法人個人情報保護法は適用されません。しかし、一般に自治体は行政機関個人情報保護法に準じた個人情報保護条例を定めており、概ね国立病院等と同様の手数料で開示を受けることができます。

(3)金額の妥当性

 以下個人の主観となりますが、国公立病院における開示手数料の妥当性について検討したいと思います。

 診療録はまさに患者本人の情報であるとの理念からすると無料でもしかるべきとは思いますが、現実に診療録の開示に一定のコスト(印刷費、開示実施を行う事務職員の人件費)を要する以上費用を徴収することには妥当性があるものと思われます。

 そうすうと、現在の国公立病院で採用されている料金水準(開示請求手数料数百円、実施手数料1枚10円程度)は、開示請求者たる本人に過度な負担を課すべきでないとの規範と、現実に個人情報取扱事業者たる病院にコストが発生するとの事情の均衡との観点から、一応妥当なものといえるのではないでしょうか。
 
 特に、次回以降述べる民間病院の料金水準からすると大変良心的といえます。


 次回は民間病院編として、民間病院の開示手数料および開示手数料を巡る昨今の動向を扱います

参考

 国立病院機構 開示手数料について/開示実施手数料の額について/手数料の納付方法について
 https://nho.hosp.go.jp/disclosure/cnt1-0_000452.html
 独立行政法人国立病院機構の保有する個人情報の保護に関する規程
 https://nho.hosp.go.jp/files/000124885.pdf
 独立行政法人国立病院機構の保有する個人情報の開示等の手続に関する規程
 https://nho.hosp.go.jp/files/000042755.pdf
 厚生労働省・個人情報保護委員会「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱のためのガイダンス」「『医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱のためのガイダンス』に関するQ&A(事例集)」(再掲)
 https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/guidelines/#iryokanren
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2020年06月03日

カルテと開示請求 第4回 カルテ開示の法的構成(3)証拠保全手続きによる開示

 訴訟を予定しているような場合、民事訴訟法上の証拠保全手続きによってカルテの開示を求めることも選択肢の一つです。

(1)個人情報開示請求との比較

 証拠保全手続きを用いるメリットは、
 1)改竄の恐れが少ない
 2)医師、看護師の勤怠表等、「個人情報」に含まれない情報も入手できる
であり、例えば具体的な医療過誤(医療ミス)が疑われるような場合に有効です。

 一方で、証拠保全手続きでは
 1)費用が高額となる(原則として同行させたカメラマンによる撮影となります)
 2)一定の期間を要する
 3)対決的な印象を与える
 といったデメリットがあることから、自身の診療情報の管理を目的とする場合は個人情報の開示請求、医療過誤が疑われる場合は証拠保全と使い分けるとよいでしょう。


(2)手続きの概要

 原則として患者本人が申立人となり、診療録を保有する医療機関の開設者を相手方として行います。

 開設者とは、私立の医療機関であれば医師個人または医療法人、学校法人等の法人、国立病院等の場合は独立行政法人国立病院機構や国立大学法人等となります。

 また申立に際しては証拠保全を必要とする自由を疎明することが必要であり、具体的な改竄、滅失、隠匿、毀損の恐れが必要となりますが、実際には緩やかに運用されているようです。

 申立の後、裁判官面接を経て期日の決定等が行われ、証拠保全の実施に至ります。

参考文献
 浦川道太郎、金井康雄、安原幸彦、宮澤潤編『専門訴訟講座4 医療訴訟』民事法務研究会、2010
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