2020年07月02日

カルテと開示請求 第9回 判例の系譜 (2)顛末報告義務に基づく請求

 前回に続き、若干専門的になりますが、診療録開示(カルテ開示)にかかる判例を紹介します。
 今回は、診療契約上の顛末報告義務に基づく診療録開示請求に関する判例の系譜をみてゆきましょう。

(1)診療契約に基づく開示請求ができないとされた事例

 東京高判昭和61年8月21日判決(昭和61年(ネ)656号)(判例時報1208号85ページ)

 慢性肝障害により国立病院に入院し、インターフェロンの治験投与による治療を受けていた患者が、任意での診療録等の閲覧請求を拒絶されたため、(1)憲法13条・刑法134条、(2)@一般的な医療契約上の権利およびA本件医療契約上の権利に基づき診療録等の閲覧を請求した事件であり、(1)については上告棄却が確定しており、(2)について判示したのが本件判決です。

 東京高裁は、医療契約に基づく一般的な顛末報告義務を認めつつ、
 @の一般的な医療契約上の権利については
●顛末報告義務の履行としての説明は常に診療録の開示を必要とするものでなく、状況に応じ適切な方法で行えばよい

●医師法が診療録の作成を義務付けているのは、医師の説明義務の履行を促進する趣旨が含まれてはいるものの、これによって直ちに患者の開示請求権が認められたものはいえない

と判断し

 A本件医療契約上の請求権についても、
●医学上確立されていない治療法を含むインターフェロンを使用した治療がなされることが特約されていた本件医療契約では、患者は結果について通常よりも高度の関心を抱くことは相当であるから、顛末報告義務に基づく説明もより詳細に行うべき、 としつつも

●説明義務の履行を診療録の開示によって行わなければならない特段事情は認められず、また診療録を開示する特約等も存在しない

として請求を棄却しました。

 また、同時代になされた判例の評釈(竜嵜喜助「75 診療録閲覧請求事件」(『別冊ジュリスト』120、1989)においても、開示請求権の消極説が主流であるとされており、当時としては学説・社会通念に即した判決であったといえるかもしれません。

 ただし、上記の評釈では、患者と医師の地位の非対称性や、自己決定権という憲法上の権利の尊重との観点から検討を迫っている点は注目すべきでしょう。

次回は引き続き「顛末報告義務に基づく請求」を扱います。

参考
 竜嵜喜助「75 診療録閲覧請求事件」(『別冊ジュリスト』120、1989)
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2020年06月26日

カルテと開示請求 第8回 判例の系譜 (1)個人情報保護法に基づく請求 2015年以前の判例

若干専門的になりますが、診療録開示に関する判例の系譜をみてゆきましょう。
今回は、個人情報保護法の規定に基づく、2015年の個人情報保護法改正以前の判例を扱います。

・公法上の義務に基づく開示請求はできないとされた事例(東京地判平成19 年 6 月 27 日判決(平成 18 年(ワ)第 18312 号)、判例タイムズ 1275号 323 ページ)


 本事件は、医療機関である被告に対し、患者である原告らが個人情報保護法25条1項(現28条2項)に基づき保有個人情報の開示を求めるとともに、不開示とする場合の通知義務(25条2項、現28条3項)に反したとして慰謝料を請求したものです。
 裁判所は25条1項の規定は公法上の義務であり、個人情報取扱事業者や業界団体による自主的な苦情処理による解決や主務大臣による解決が想定されているものであるから、本人に訴訟上の開示請求権を認めたものではないとして請求を棄却しました。

 「公法上の義務」とは、個人情報取扱事業者(この場合は医療機関)は国家に対して個人情報保護法を遵守する義務を負うが、当事者(この場合は患者)に対し開示する義務を負わない、といった趣旨です。

 確かに、2015年改正以前の個人情報保護法においては、個人情報保護法25条1項(現28条2項)の開示は請求権として法定されておらず、また学説も25条1項(現28条2項)の規定が本人に開示請求権を与えたものであるかについて明言していない状況であり、開示請求権の位置づけは明確ではなく、このような判示がなされる余地は充分あったといえるでしょう。

 なお、2020年現在では、法改正により28条1項の規定(本人は、個人情報取扱事業者に対し、当該本人が識別される保有個人データの開示を請求することができる)が追加されたため、訴訟上の請求権でもあることは争いがないと言えます。
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2020年06月16日

カルテと開示請求 第7回 カルテ開示にかかる手数料 後編下 開示手数料を巡る昨今の動向(2)

舞台裏の話となりますが、本来素案では後編上の内容のみにて終える予定でした。しかしながら、本稿執筆にあたり再調査した結果、存外に進展が見られたので急遽記事を記すこととしまします。

(1)改善の兆し〜厚労省通達後手数料が大幅に低額化した事例

 前回述べたとおり一般に民間病院の手数料は高額ですが、近年では厚労省通達を受けてか改善の兆しも見られています。

 例えば、厚生労働省による調査時点(2017年9月25日時点)では

  開示請求手数料:5400円
  開示実施手数料:1枚当たり54円(白黒)、108円(カラー)

であった杏林大学医学部附属病院(https://www.kyorin-u.ac.jp/hospital/introduction/privacy_policy/)は、2019年10月に開示規定を改正し、

  開示請求手数料:3850円
  開示実施手数料:1枚当たり11円(白黒)、55円(カラー)

へと変更されました。

 開示請求手数料3,850円の妥当性には疑義がありますし、一律の手数料を定めることの不当性を指摘した厚労省通達への応答としては不十分ともいえますが、開示実施手数料が合理的な額となったことは評価されるべきでしょう。

(2)一応の改善が見られた事例

 また、前回挙げた東京医科大学についても、調査時点では一律開示請求手数料(5,400円)を徴収していましたが、2019年10月の規程改定で上述のとおり診療継続中の開示については開示請求手数料を無料としました。
 開示実施手数料が高額であるだけに、十分ではないと思われますが、改善の端緒とはいえるでしょう。

(3)依然として改善の見られない例

 一方で、(ちゃっかりと消費税増税分の値上げはしつつ)厚労省通達の趣旨に即した改善がなされていない病院も散見されます。

 具体的に適示することは一応避けますが、そのような病院の規程には手数料以外にも予約を必須としたり、窓口での開示請求書記入を義務づけるなど過重な負担を課していると思われる手続きが存在する等、個人情報保護法の本旨を(そしてインフォームドコンセントの理念を)軽視する条項がみられます。

 今後の行政上の措置や自浄作用により、適正な診療録の開示がなされることを願ってやみません。
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